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東京高等裁判所 平成元年(ラ)208号 決定 1989年5月23日

抗告人 昭和院

右代表者代表役員 山本征三郎

右代理人弁護士 山下秀策

同 小川秀次

相手方 株式会社なりた石材

右代表者代表取締役 柳橋主計

千葉地方裁判所が同庁平成元年(ヨ)第九八号抹消登記手続禁止仮処分申請事件につき、平成元年三月二二日にした決定に対し、抗告人から抗告の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

一、原決定を取り消す。

二、本件を千葉地方裁判所に差し戻す。

理由

一、本件抗告の趣旨は、主文と同旨の裁判を求めるというにあり、その理由は、別紙「抗告の理由」記載のとおりであるが、その要旨は、原裁判所が、債務名義として一旦適式に成立した認諾調書が仮りに無効のものであったとしても、仮処分という方法によって、その執行力の排除を求めることは許されない、として、本件仮処分申請を却下したが、認諾調書に基づいて相手方が行う抹消登記の申請手続は、公権力作用の一つとしての強制執行手続ではなく、私人による任意の行為であるから、仮処分により、その行為の差止めを求めうるものと解すべきである、というにある。

二、当裁判所の判断

債務名義に基づく強制執行を停止することのできる場合については、民事訴訟法第五編ノ三及び民事執行法にそれぞれの規定があって、右は制限的に列挙したものと認あるべきであるから、右の場合を除き、一般に仮処分の方法により強制執行を停止することは許されないものと解すべきであり(最高裁判所昭和二六年四月三日第三小法廷判決・民集五巻五号二〇七頁参照)、訴訟代理人の代理権の欠缺を理由として認諾調書の無効を訴訟において主張する場合には民事訴訟法五〇〇条の規定を類推適用して執行を停止することができるのであるが、所有権移転登記の抹消登記手続請求を認諾する旨の認諾調書は、債務者に意思表示を命ずる債務名義であり、このような意思表示を命ずる債務名義は、民事執行法一七三条一項本文により、その成立をもって意思表示をしたものとみなされ、全く強制執行をする余地はないのであるから、いわゆる狭義の強制執行の停止を求めることはできない(大審院昭和一六年四月一六日決定・民集二〇巻八号四八六頁参照)。

しかしながら、右の場合に、強制執行の余地がなくそれの執行停止が求められないからといって、無効の認諾調書に基づいてなされる登記権利者の抹消登記の申請行為に対しても仮処分による差止めが許されないとすることは、金銭の支払を目的とする債権についての強制執行、不動産の引渡し又は明渡しを求める強制執行等において、上訴・再審の訴え、請求異議の訴え等の提起に伴う執行停止の措置をとることが認められ、また意思表示を命ずる債務名義による強制執行においても、債務者の意思表示が債権者の証明すべき事実の到来に係るとき、あるいは、反対給付との引換え又は債務の履行その他債務者の証明すべき事実のないことに係るときは、執行文が付与された時に意思表示をしたものとみなされ(民事執行法一七三条一項但書)、執行文付与手続に関して執行停止の措置をとり得ることとなり、これらと比して、著しく均衡を失するものであり、前記認諾調書上の登記権利者による登記申請行為の暫定的な禁止を仮処分という方法によって求める余地は残されているものと解するのが、相当である。

本件仮処分申請は、債務名義である認諾調書に基づく強制執行の停止を求めるものではなく、まさに相手方による登記申請行為の暫定的な禁止を求めるものである。

以上の次第で、原裁判所が、本件仮処分は、認諾調書の執行力の排除を求めるものであるとの理由で、本件仮処分申請を不適法として却下したことは誤りというほかない。

よって、原決定を取り消し、本件を原審に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 篠田省二 裁判官 沢田三知夫 裁判官 関野杜滋子)

<以下省略>

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